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  • 2017.07.30 Sunday
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劇団ウンウンウニウム2016上半期

2016年はうにメンバーにとって新しいコトをはじめる年となりました。
各自が各自のことでテンヤワンヤ!
新しいコトに挑戦したり、勝負の年になったりと、バタバタしております。
と、言うわけで、全体としての劇団ウンウンウニウムは充電中というかんじです。けどけどメンバー同士は相変わらずたまに集まったりしております。
次はいつどこでなにをやるのか謎ですが、別に休止とか解散はしないので、このまま生暖かくお見守りくださいませませ。

【よくわかる】O 坂の解説ーぅー( トキータ)

劇団ウンウンウニウム
せやかて22回公演
「O坂の殺人事件」

Oはアルファベットのオーです。江戸川乱歩のD坂とは全く関係ありません。


物語は、

世界的劇団であるフォーシーズンズの最終入団試験に残った8人の役者は劇団のカリスマ主宰者ニナガワアモン(通称ニナモン)から次回作「O坂の殺人事件(以下“O坂”)」の粗筋が「絶海の孤島の閉じ込められた8人の役者が次々の殺されていくミステリー」だと伝えられ、役作りを要求されていた。
8人に試験内容は全く伝えられないまま誰もいない劇場に連行され閉じ込められる。カメラだけが静かに舞台に向けられていた。戸惑う8人に試験内容が伝えられる。
それは“O坂”の登場人物になりきり、この擬似的な密室で三日間アドリブの芝居を続けること。
8人のアドリブが“O坂”の脚本演出に反映される。O坂に出演できる可能性もある。ということも伝えられ、8人は歓喜する。
ニナモンはリアルを追求した脚本を書くために、“O坂”と同じ状況を作り出し、カメラ越しに8人の行動を見ている。8人にとっては全てが自己アピールになるわけで、自身の意気込みや演技力を見せていく。

そこに突然“ルール”が説明される。
それは『殺人』の方法。
そしてその犯人を推理したものが“O坂”の主役になることができる。
主役の探偵になるには、「人を殺していない」「ウソをついていない」という条件がある。
8人のうち、誰がウソをつき、誰がウソをついていないのか。。。

そして第一の殺人が起こる。

犯人は他人を殺すことでその役者の出番を終わらせ、結果的に舞台に残り目立とうと考えているのだ。
みながみなを疑いあい、誰が犯人かわからない。殺される危険性、そして主役になりたい、目立ちたい、アピールしたい。
その思惑が交差したり、空回りしたりしながら、物語は進んでいきます。



そして、すべてのヒント、証拠、証言が提示されたときに、観客に「犯人を推理してみませんか?」と推理用紙を配られて、推理タイムがはじまります。


流れだけですが、O坂の殺人事件はこんな物語です。
けど一番大事な要素は8人の役者たち。異常に濃いメンバー。そりゃ役、キャラクターだから当たり前のこと。アドリブだから、たまに素の表情が出たり、役を演じつつ“O坂”を自分の好き方向性にしてみようとする。
そこが今回のミソでした。


では、そろそろネタバレ含むことを書いていきます。


まずニナモンの考えた粗筋がありました。

そして次に試験がありました。
8人が劇場に集められアドリブを要求されます。

それを元にニナモンが脚本を書き、上演されたのが、今回の「O坂の殺人事件」です。

つまり、3つの「O坂の殺人事件」があり、1つめが2つめ、2つめが3つめに影響されて作られています。

例えば、
A司はミュージカルがしたいと言うことで、試験でも歌ったのでしょう、本番の舞台でも歌うシーンがあります。
I菜のハッピーなお話。U春の前衛的?なお芝居など、最後まで生き残ったメンバーの要求は強く残り、特に最終的な主役になるM村の「本格ミステリー」という要素が色濃く出ています。
前半にコメディ要素が強いのはC名(カナブン)のしたいことだから、S角の社会派サスペンスは色は薄いですが、ちゃんとヒッピーと中国人がケンカをするなどで残っています。



私トキータは、お芝居のリアリティーが苦手で、
どんだけリアルな演技も、それは演技上のリアルであって、人が死んでも「どーせお芝居だから」とか、舞台上で殺しあってても「楽屋じゃ仲良しでしょ」とか、ひねくれたことが脳裏にちらついたりするんです。
だから私は「演技は演技だから、そこらへんよろしく」という勝手に押し付けよりも、「これは演技です。なぜなら演技してる演技なんだから」という風にしたかったんです。
演技をしてるテイ。だから演技っぽくてオッケー。みたいな考え方です。
芝居の芝居をしてる。わけです。

O坂にいたっては、アドリブではないです。アドリブ演技をしている、という演技をしている。んです。
役者が役者の役を演じてるんです。


S角の「舞台役者の大きすぎる演技」批判や、ニナモンが求めるリアルなお芝居。それはつまりは私トキータの思うこと。
このO坂はある意味、アンチ演劇でもありました。

けれどもU春は言います
「やっぱりお芝居って楽しい!!!」
このセリフに全ては集約されているかもしれません。
私はやっぱりお芝居が好きなんです。

O坂の殺人事件無事終了!

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劇団ウンウンウニウム
せやかて第22回公演
「O坂の殺人事件」

無事終了いたしました。
ご来場くださった皆さま、本当に本当に本当にありがとうございました。

そしてこの推理劇にご参加くださり、ありがとうございました。
今回、このお芝居にはちょっとした仕掛けがありました。
というのは、突然、お客さまに犯人を推理していただくという推理タイムがあったのです。

劇場に集められた八人の役者たち。
そして起こる連続殺人事件!
生き残った人たちは推理し、お互いを疑い、証拠やヒントを集めていく。

そして、すべての証拠が集まったとき、物語は突然中断され、お客さまに実際に犯人を推理していただくのです。

これがある意味、本公演の目玉だったわけです。
しかしながらこれはゲームではなく、あくまでお芝居。お芝居がメインで、そのなかにある企画。推理がメインではありません。
そういう考えのもと、劇団ウンウンウニウムでは今回、「推理タイムがあるんだよ」という告知は最小限におさえさせていただいておりました。
突然の企画に戸惑われたお客さま、大変申し訳ありませんでした。
ご参加くださった皆さま本当にありがとうございました。


観劇から一歩歩んで、自らがお芝居に参加していただく。
メタフィクションを裏テーマに脚本書いている私が今回考えたフィクションの壁を取り払う方法でした。
観客から参加者へ。
演劇のインタラクティブ化。
せっかくナマのお芝居、参加してほしい。
そう思ったのです。


最初にこの企画を考えたとき、劇団メンバーに話しても面白そうだ、やろうやろうとなったのですが、これがなかなかの危難の道でした。
劇中ですべてを説明しなくてはいけない。
けど犯人が全員にそれとわかるように描いてはいけない。
別の推理が成り立たないようにしないといけない。
矛盾があってはいけない。
「それはないわー」になってはいけない。

何度も公開リハーサルを繰り返し、その都度脚本は大きく変更され、その都度暗記を要求される役者陣。
さらに正確に物語を伝える必要があるから、セリフを間違えられない。

苦労話はこれくらいにして、物語の中身をすこしだけご紹介しますと、

八人の役者たちがオーディションの最終試験のためにある劇場に集められます。
八人は既に与えられた役を最初から演じています。そして試験内容は“三日間、アドリブでお芝居を続ける”というもの。
物語の粗筋は「絶海の孤島、嵐で閉じ込められた八人の役者たちが次々に殺されていく」。
その劇場をバーチャルな密室として、役者たちはアドリブで芝居をはじめます。


そして主宰者から「君たちのアドリブが私の次回作の脚本演出に反映される。君たちが出演できる可能性もある」ということが伝えられます。

八人の役者たちは、自分こそが主役になろう目立とうと自己アピールをはじめます。

そして起こる殺人事件。

勿論、お芝居なのでこれも疑似的なもの。実際には死んでません。犯人は自分が目立つために次々と犯行を重ね、登場人物を減らしていきます。

いったい犯人は誰なのか?そしてこの物語はどうなっていくのか?

といったものが、今回のおーまかな粗筋です。


出演者は役者の役です。その役者は役を演じています。
そこがややしこくも難しいところで、役と素の2つを演じわけないとダメなわけです。
役はやや突拍子もなく、素は比較的普通。
物語は劇的、けど実際はリアル。
アドリブを演じつつ、それはアドリブ風の演技。
殺人事件に怯えながら、実際は自己アピールや自身がやりたい物語に引っ張っていこうとする。

二重構造というが、フィールドバックされる入れ子構造というか。毎回のようにややこしい話で申し訳ありません。けどテレビの流し見ではないので、せっかくなら集中していただいて内容濃いものをお伝えしたい。そう思っています。


クルールおーそね演じるA司は、好青年役だけど実際はとにかく売れたいと願う役者。
イシダ演じるC名こと源氏名カナブンはハイテンションオカマだけど、実は真面目。
トキータ演じるE塚は、ゆるい役だけど実際は…。
ながはま演じるI菜はアッパーでダウナーなヒッピーだけど、実は強か。
吉井演じるK花は一歩引いて接するおとなしい子だけど、実際は無理してセクシーを演じてる。
micco演じるM村は天然で真面目を演じてるけど、実はオタク気質。
大盛り演じるS角はフェミニストの女性活動家を演じてるけど、実は人情味があって優しい。
桜子さん演じるU春は謎の中国娘演じてるけど、実際は今時の日本の女の子。


今回、カナブンがほんとにオカマということもあって、すごいインパクト。
また次の機会にでもカナブンのお話はできればと思います。

ではでは、メンバーの感想などを次のブログバトンまわった方に書いていただきたいと思います。次は、はににバトンかな?宜しくお願いしまーす!


ここで公演情報をおさらいしましょ

12月4、5、6日に上演される劇団ウンウンウニウムからの挑戦状!
ミステリーコメディ「O坂の殺人事件」を上演致します。

〜あらすじなど〜

絶海の孤島、嵐で古い洋館に閉じ込められた八人の役者たちが次々に殺されていくミステリー。。。
という設定でアドリブ芝居をしろ!というのが劇団フォーシーズンズの最終試験!!!
劇場に連れて来られた八人の入団志望者は実際にここで3日間、役を演じたまま生活し、なおかつ物語を紡ぎ出さなくてはいけない。
不安のまま、試験はスタートしたが、そこで第一の事件が起こる!犯人はいったい誰なのか?!?!


----------------------
劇団ウンウンウニウム
せやかて第22回公演

『O坂の殺人事件』

◆キャスト
micco、クルールおーそね、ながはままなみ、山田桜子、吉井沙江、イシダタツキ、大盛り桂子、トキータ・メンバッカ

◆日時
12/4(金) 19:30〜
12/5(土) 14:00〜/18:00〜
12/6(日) 14:00〜/18:00〜
※開場は開演の30分前です。

◆料金
前売 2,000円
当日 2,500円

◆会場
藝術中心◎カナリヤ条約

地下鉄四つ橋線「北加賀屋」駅下車 4番出口から徒歩7分

詳細は「劇団ウンウンウニウム」で検索、もしくは当劇団公式ホームページまでー。


ご来場心よりお待ちしております。
よろしくお願い致しますm(_ _)m



では、次は、ぴのさんにバトンまわしまーすー

演劇嫌い

私は演劇が嫌いでした。
トキータです。
校外学習みたいなので見に行かされた演劇が私の演劇嫌いを決定付けました。
舞台上には妙に滑舌良くハキハキと大きな声で会話する二人の役者。至近距離なのに。。。この二人の距離感、どーなってんやろか?とか思いながら芝居見てました。
滑舌の良さ、大きな身振り手振りにも違和感があって、役者さんたちは不思議な衣装を誇らしげに着て、照明を浴びて気持ち良さそうだけど、どんどん退いてしまいます。
これでもかと感動を求めてくる音楽も気分と解離していき、舞台上はみんな楽しそうなのに客席で孤独を感じていきます。
まるで長時間、知らない人に説教されている気分。

私が抱いてきた“演劇”のイメージはずっとこうでした。


それから私は“小劇団”というものを知ります。小さな芝居小屋などで活躍している劇団です。
そこで私はあのニガテな大きな声や動きは大劇場のために用いられているものであって、小さな劇場では不要なものだと知りました。
大きな声や動きが“演劇っぽいもの”と思い込んでいる人は、私以外にもたくさんいると思います。


私が何やらいろいろあって劇団を旗揚げすることになって、まず考えたのは私の嫌いなものの排除でした。

・無駄に圧の高い大声の応酬
・明瞭過ぎて気持ち悪い滑舌
・滑稽なくらい大きな身ぶり
・感動しろと言わんばかりの音楽表現
・全体に漂う自己陶酔感
・まるで長い説教のような物語


幸いにも私たちには予算がなかったから、お芝居する場合はギリシャの円形劇場やウィーンのオペラハウスじゃなくて、舞台と客席がとても近い小さな芝居小屋でした。
だから大きな声も大きな身振り手振りもいりません。そのかわりにわずかな眉の動きや細かい指の動き。そこまで見れます。
これも予算がないのが幸いして、豪華なオートクチュールの衣装も用意できません。比較的普段着や、そのアレンジ程度です。ある公演では全員パジャマでした。

私は「それ、そっちの都合やん」というのも嫌いで、小さな劇場だけど大劇場の演技したいとか、観客側は“知らんがな”です。
舞台上の“ここは見ないでくださいね”みたいな暗黙の了解もわけがわかりません。
ギャグやコントなら良いのですが子役がいないので、いい大人が子供を演じる違和感。フツーの外見なのに美人役という設定でまわりから「美人美人」とか言われてたり。
それに何か意味があればよいのですが、単に子役や美人が集められなかったのは劇団側の都合で、お客さんに“まぁ、これで勘弁を”みたいなものを強制をしてるわけで、そーゆーのも私は嫌いなので、脚本段階からそれらの違和感のもとを弾いていました。

その結果、お芝居はずっとリアルになりました。完全に現実と同じとは言いませんが、少なくともはじめて演劇を見る人でも違和感少なく見れると思います。しいて例えると映画やドラマ、コントに近い演技です。

私はコントが好きです。お笑いが好きですし、人を笑わせるのは何より難しいと思っています。


チャップリンの映画は長編になると説教くさくなると言われていますが、逆に言ったら説教話(伝えたいコト)も笑いをちりばめることで見やすくなっているんだと思います。チャップリンの名がいまだ残ってるのは、同時期の喜劇人にはない、映画でテーマやイデオロギーを描いたためとも言われてます。
またはバンクシーのように笑わせるプラス伝えたいコトを伝える。そーゆー努力は大切だと思うんです。

“笑い”しかないとお腹いっぱいにならない。けど“笑い”がないと伝えたいコトが喉を通らない。

私はそんな風に思っています。


いろんな目的のもと、演劇をしている人たちがいて、その目的のための方法があるので、私は私の目線でしかわかりませんが、私はこんなんでもエンターテイメントが好きで、実験的なのが好きで、お笑いが好きで、私たちが作ってるお芝居が好きです。

観劇後、お客様が劇場を出て駅まで歩く数分間に、お芝居の内容を思い出したり、考えたり、笑ったりしていただける。それが今のところ私の目標であり、希望です。


O坂の殺人事件

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劇団ウンウンウニウム
せやかて第22回公演
「O坂の殺人事件」

■日程(全五回)
12/4(金)
19:30〜

12/5(土)
14:00〜
18:00〜

12/6(日)
14:00〜
18:00〜

■料金
前売券2000円
当日券2500円

■会場
カナリヤ条約(北加賀谷)

■予約フォーム
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=270d419476

■あらすじ
劇場に閉じ込められた8人の役者たち。これはインターネットにも配信されている劇団フォーシーズンズの最終試験!それは三日間のアドリブ芝居。殺人犯の魔の手を逃れ、試験に生き残れるのか?!本格っぽい推理ミステリーコメディです。




次、たつぽん。役作りなど、どんなかんじか教えてちょーだい!

トキ家合宿

はーいー!ぴのだよ〜
うそだよ!どもトキータです。
ぴのさんは個展準備が忙しいようで、ブログバトンストッパーされてるので、テキトーに順番飛ばしてまいります。
いずれ、ぴのさんもブログ書いてくれると思うので、ここ最近のうにの動きなどを書いておきます。

各人なにかと忙しくやっておりまして、カナさんゆきちゃんは客演で他芝居に出演されてたり、大盛りさんはもうすぐゲストで吉田商店さんのお芝居に出られたりするそうです。

そしてそして、たまにあるトキ家合宿には、私トキータはもちろんのこと、桜子さん、ぴの、はに、モリ、みお、カナ、たつ、坂本、シン、なっちゃんと大勢が参加してくださり、わいわいがやがや楽しいものとなりました。
ピクニック行ったり、手巻き寿司したり、スーパー銭湯行ったりと全然演劇と関係ないところで遊んでおりました。

一応、今後の話もすこしやったりやらなかったりしてました。

うにはぼちぼち次回に向けて歩き出そうかなという状況です。


ではでは次のバトンは、吉田商店さんの練習に参加している大盛りさんにお願い致します!よろしく!

タイプ別の役者あれこれ

定期的に書いてるタイプ別の役者あれこれ。


トキータの独断と偏見で、この人はこのタイプだなーと思ってるのを説明します。多くの役者さんが、その複合タイプだったりもします。だからあまり真に受けずに読んでください。




■天才型(感覚型)
感覚で演じれてるタイプ。最初から雰囲気が既にできていて、アドリブ力も高く、細かい演技ができる。自分自身を発展させたキャラクターを得意とする。同じ芝居でも毎回細々演技が変わったりする。華があり、舞台上にいると目を引くことが多い。
→はに。海人。


■解放型
己の内部にあるものを役で解放するタイプ。多くの場合、個性的で爆発力があり、咄嗟のアドリブが意味不明だが面白くなったりする。役に対しては真面目で、自分で深く理解してから演じる。持ちネタという引き出しを持つ場合が多い。努力を惜しまない。
→大盛り。たつぽん。micco。


■憑依型
衣装、メイク、髪型などで「役」をおろしてきたり、何かきっかけでスイッチが入るタイプ。本人とは全く違う別人を真に演じることができ、感情的な表現が得意。一度ハマると、観客からはそういう人と思われるくらいに演じきる。役のために外見を変えもする。
→おーそね。ぴの。さく。


■万能型
もしくはカメレオン役者。どのような役でも演じわけが可能で、芝居の度に全く違う役を演じきれるタイプ。脚本への理解力も高く、練習場ではなく、自宅で役をつくりあげ練習に挑んでくる。脚本係としては本当に助かる存在。存在感のある役が多い。
→かな。みお。まも。



演劇構造解析

「電波少女は偉大だったと思う」のテーマは超虚構です。ここでそのことを解説しようと思います。激しくネタバレ、オチについても書きます。

あまりに長いうえに面白くもなく、さらに意味もないという文章なので、ほんとにご興味ある方のみお読みください。また脚本では、act1、act2という表記が採用されている為、ここでもそのまま表記します。「幕」みたいなものと同じです。

act1
おーそね(ミロク役)、大盛り(コテツ役)という劇団第一期メンバーによる、いわゆる“うにらしい”芝居。

act2
ながはま(ザッハ役)、イシダ(クリボ役)という劇団第二期メンバーによる、コントに近い芝居。

act3
今井さん(タカト役)、藤浪(ミヅキ役)というProjectSMLメンバーによる、演劇らしいコメディ芝居。

幕があがると、3つの違う芝居が展開されていきます。それぞれは繋がってはいますが、これらは「お芝居」というモノ自体のメタファーです。


主演の吉井(アマミ役)は舞台上にいながら「観客」の視覚化的な立場として存在します。
そして幕間幕間に、「演出家」であるトキータ(教授役)と桜子さん(助手役)が物語を解説し、状況を展開していきます。

act4以降はこの物語の状況を作り出した張本人である一色(ツガワ役)も加わり芝居のテイストも混じりあい化学反応が起き始め、
act6からは観客のメタファーであったアマミが物語に参加し始め、さらにact7ではコテツが、自らをイメージとしてmicco(コテ2役)に演じさせます。二人が同一の役を演じるのではなく、架空のキャラクターが自分役を第三者に演じさせるワケで、これは説明するまでもなく「役者」のメタファーです。
つまり演劇で演劇を表現している構図になっています。

そしてついにact8ではアマミが物語に参加しはじめた結果、物語通りに行動すべき「役」のタガがはずれ、ミロクが暴走して好き勝手を演じ始めます。その結果、物語はドンドン混乱を極めていきくことになります。これが私が虚構を越えるために考えた構図です。



次にストーリーを時系列で解体すると、
まず最初にカズミ(大盛りが二役演じた)の辛い人生があり、現実逃避のために書いた小説、それが「落ちる夢を最近見ない(オチユメ)」です。
カズミは妄想を現実のものにしようと行動を開始します、つまり娘ユキの狂言誘拐です(虚構の現実化)。その事件が劇中で語られるカズミ、ミヅキ、タカトの物語です。結局、カズミは失敗し、自らの命を失います。
誘拐されていた娘ユキは眠ったまま記憶を留めます。寝ていたときの記憶もブレインダイブで見ることができます。
ユキは成長し大人になり、母カズミの書いた小説を見つけます。ユキはこれを母のペンネーム電波少女でネットに投稿。こうして「オチユメ」が世に出てます。そして出版社の目にとまり、出版されることになります。そのときの編集者がツガワです。
電波少女のサイトが作られ、さまざまのコミュニティができあがり、ユキは本名のコテツというハンドルネームで参加します。ミロク、ザッハ、クリボと知り合い、四人は集団自殺のためのコミュニティができあがります。
偉大な小説(物語)を作るためには手段を選ばない編集者ツガワは、自らの計画のためにオフ会を開きます。それも劇中で描かれます。
この事件は小説になるべくツガワに仕組まれたものです。そしてザッハが一人生き残り、書かれた小説のタイトルは「電波少女は偉大だったと思う」。本公演のタイトルです。つまり本公演はこの小説の舞台化でもあるということです。

ザッハはみなの期待、そして電波少女の二作目に恥じない小説を書くために頑張ります。自らが好きなSFの要素を取り入れ、事件をそのまま描くのではなく、アマミという架空のキャラクター(想像の産物)を作り出し、彼女を主人公にして物語を作ります。ザッハが劇中でアマミのことを想像の産物だと言うのはそういう意味です。そして勿論、教授や助手も実在しないキャラクターです。



小説だから、フィクションです。しかしそこに描かれている内容は現実に起こったことです。では、これはノンフィクションなのか?と問われれば違うと思います。現実も小説にしたり戯曲にしたり舞台にした時点でフィクションになるのだと思います。フィクションの登場人物は劇中で死んでも、演じられる度に何度でも生き返りますし、その記憶は見た人の中で生き続けます。


私はそのことをあくまで舞台上のフィクションとして描こうと思いました。そのための構造でした。なぜなら「演劇」というものは生身の役者がお客様の前で全員で嘘をつく、生のフィクションだからです。演劇というものは何なのか?それを表現して疑問を投げ掛けるのに、演劇というメディアをおいて他にありません。

この解説文には意味がありません。この文章にも意味はありません。唯一意味があるのは、舞台上で演じられている物語の中だけだと私は思っています。だから、生でお芝居を見てもらうしか方向はないと思うのです。
演劇を見ること、演劇を見たこと、演劇を見たことについて語ること、その三者がイコールで結ばれることは決してありません。正確に演劇について語ることができるのは演劇の中だけだと思っているからです。

全日程終了!ご来場まことにありがとうございました!

劇団ウンウンウニウム
第21世紀公演
「電波少女は偉大だったと思う」

ご来場まことにまことにありがとうございました。
気付けばチケットは全て売り切れ、どの公演も満員御礼となりました。
これもひとえに応援してくださるお客さまのおかげです。
ありがとうございました!

本公演が成功しましたのは、素晴らしい役者に恵まれたためだと思っています。みな、本当に大変でしたが、物凄く頑張っていただきました。

観劇してくださった方々からご意見いただき、嬉しい限りです。真摯に受け止め、今後の活動に活かさせていただこうと思っています。

聞くところによると、物語の考察をしてくださる方も多いようで、要は「誰が生き残ったのか?」のようです。物語上では明確に示唆されることはありませんでしたが、明確な答えはあります。みなさま、「誰が生き残ったのか?」わかりましたでしょうか???

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